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久しぶりのパチンコ

土曜日の仕事が終わった後、銭湯に行こうとしました。

でも、その前に、近くのパチンコ屋へ入ってみることにしました。

たばこの残りが少なくなっていたので、少し遊んで景品で獲得しようと考えたのです。

 

店内には、スパークマンという羽根物台があったので、打ってみることにしました。

千円で食らい付き、途中たばこを2箱獲っただけで、最後には全て玉はなくなってしまったのです。

 

フィーバーコーナーが気になったので、見に行くと、麻雀物語という台がありました。

営業形態は7ピンが無制限、三元牌(白、發、中)が連続OKで、交換図柄は四風牌(東、南、西、北)ということでした。

それから、このお店は、ラッキータイムの代わりに、大当たりした順に1シマで10人ほど無制限の権利を獲得することができるようでした。

朝の開店直後と午後、夕方にそのサービスが行われるそうでした。

換金率や回り具合がわからないので良いとも悪いとも判断はできませんが、持ち玉遊戯の権利は獲得し易そうに思えました。

日曜日の朝10時前の時点で、麻雀物語のシマは52台のうちお客さんが20人くらい打っている状態でした。

単純に考えると、無制限の権利を獲得する確率は50%プラス7ピンで大当たりする可能性になります。

 

また、リバティーというフィーバー機のシマもありました。

こちらは、1,3,5、9が連続遊戯OKで、7が無制限、2,4,6が交換図柄でした。

52台中、10人前後の人が打っていました。

麻雀物語のシマよりも、リバティーのシマの方が競争率は低そうでした。

やはり、ノーマルフィーバー機よりも、強力連チャン機の方が人気があるようです。

 

すぐにでも、フィーバー機を打ちたかったのですが、それ以上にお風呂にゆっくりと浸かりたいという思いの方が勝っていたので、この日はこれで退店することにしました。

 

銭湯で入浴した後、部屋に帰って関西風お好み焼イカ玉をホットプレートで焼いて食べながら、酒を飲みながら考えていたことは、もう来週日曜日の朝の行動についてでした。

「仕事が終わったら、すぐにパチンコ屋に向かわなければいけない。銭湯に寄ってゆっくりしていると、10番目以内に大当たりを獲得できなくなる。お風呂はパチンコが終わってから入ることにしよう」

 

| - | 17:41 | comments(0) | - | pookmark |
食べることに困らなくなると

きちんとした食事を採る生活を始めて3カ月経過した頃には、徐々に生活も安定していました。

まだ、テレビやエアコンはなかったものの、扇風機、コタツ、ホットプレート、ガスコンロ、土鍋を手に入れました。

 

扇風機は小型の物を中古で買ってきたのです。

夏場が近づいていたので、エアコンの無い部屋にはせめて扇風機くらいは欲しいと思ったからでした。

 

初め頃、ダンボールをテーブル代わりにしていたのですが、ちょうど良い高さのものがなかったので、食事をするときには、箱テーブルではなく、床に食器を置いて食べている次第でしたから、テーブルの役目をしたことは皆無で、やがてそのダンボールを処分してしまったので、テーブルとして使うためにもコタツを購入したのです。

 

休みの日などに、ビールや焼酎を飲みながら、ホットプレートを使ってお好み焼をして食べることも楽しみになりました。

近くに居酒屋もいくつかあったのですが、行ったこともないお店に一人で入るのも嫌だったので、自分の部屋で飲むようになりました。

土鍋を買ったことにより、鍋料理をして肴にすることも可能になりました。

鯛のアラと白菜、えのきだけ、椎茸で水炊きをしたり、おでんをするようにもなったのです。

 

食べることに関しては不安がなくなったのですが、そうなってくると、他の不満が浮かんでくるようになりました。

それは、入浴についてでした。

このアパートには共同の浴場がありましたが、それはとても汚かったのです。

特に浴槽は酷く汚れていて、少々掃除したくらいでは気持ち悪くて使う気になれないようなものでした。

多分、他の住人も同じように感じていたようで、誰もその浴槽を使っていないようでした。

そんなわけですから、浴槽にお湯を張ってゆっくりと浸かることをせず、シャワーだけで済ませていたので、のんびりとお風呂に入ってリラックスしたいという気持ちも強くなっていたのです。

 

共同ではなく、自分の部屋にお風呂があるアパートに引っ越ししたいと思うようになりました。

ですが、このボロアパートの賃貸借契約書には、2年契約となっているのに、まだ入居して5カ月しか経過していませんでした。

その期間が満了しない間に契約を解除するには家賃1カ月分を違約金として貸主に支払わないといけないことになっていましたし、何より、家賃の高いアパートに引っ越せるだけの余力はまだ持っていなかったので、すぐに諦めたのです。

 

代わりに、休みの日に銭湯を利用しようと思い、探してみると、自動車で15分程度の場所に見つかりました。

そして、その銭湯の近くに3件のパチンコ屋もあったのです。

 

 

| - | 18:54 | comments(0) | - | pookmark |
悲鳴を訴えていた身体

お金が入ったので、久しぶりに散髪に行きました。

3カ月くらい髪を切っていなかったので、耳を覆うほどに伸びていたのです。

床屋で、切り落とされた髪を見て、驚いたことがありました。

それまでまったくなかった白髪があることに気が付いたのです。

栄養を十分に採っていない生活をしていたことが原因ではないかと思いました。

 

会社の健康診断の時、体重が減っていることにも気が付きました。

詳しいことはわかりませんが、少なくとも5キロは減っていたのです。

やはり、十分に食べることをせずに、毎日長時間働き詰めでいたからでしょう。

 

また、大便の量も減っていました。

毎日大便が出ず、3日おきくらいにしか催さなくなっていたのです。

 

その当時19歳と若かった私ですが、女性の身体を欲しいと思うこともあまりなかったようです。

つまり、性欲も起こらないほどに栄養が不足していたのです。

 

白髪も生え、体重も大きく減ってしまうなどの異変に、私は食べることに気分を使うようになりました。

野菜や果物を積極的に買うようになったのです。

バナナやリンゴ、キウイなどを朝食で採るようにしましたし、夕方の食事にも、ブロッコリーやキュウリなどを付け合わせに添えたり、大根やニンジン、生わかめを味噌汁に入れるようにしました。

少々高くても、値段のことはあまり気にしないようにして、肉や魚も買って食べるようにしました。

 

台所に立つ時間が増えた私は作ることが出来るおかずの品数が増えていきました。

カレーやシチューもよく作るようになりました。

煮しめや魚の煮付けなどの煮物もできるようになったのです。

ただ、とんかつやコロッケなどの揚げ物は、手間が掛かるので作りませんでしたが、それらはスーパーの惣菜を買って食べていました。

 

そうやって、栄養のある物を十分に食べ続けていましたら、1週間も経たないうちに大便は毎日催すようになりました。

体重は1カ月ほどで元の数字まで戻りました。

そして、性欲も間もなく元に戻ったようでした。

仕事場の若い女の子を見ると、すぐに身体が反応するようになりました。

 

| - | 12:18 | comments(0) | - | pookmark |
食糧事情の向上

給料が入ったので、冷蔵庫、炊飯器、自転車、トースター、米10キロを買いました。

冷蔵庫は、自転車の荷台に積んで運ぶことが出来る小さな物で、中古品でした。

自転車も、中古品で、自動車をなるべく使わないようにするためでした。

 

その当時、ガソリン価格は1リットル90円前後と現在に比べるとかなり安かったのですが、それでも節約したいという気持ちがありましたし、それ以上に、仕事場や買い物に行くにも自転車の方が便利で使い勝手が良かったのです。

 

冷蔵庫と炊飯器が手に入ったことによって、ずいぶんと違ってきました。

冷蔵庫がない頃は、保存のことを考えると、卵とうどん玉くらいしか生ものは買うことができなかったのです。

でも、これからは、肉やハム、魚、豆腐なども冷蔵庫で保存することができるので、とても心強く思いました。

とても小さな冷蔵庫なので、冷凍室はないのですが、それでもとても満足していました。

 

炊飯器があるので、ご飯を炊くことができるようになったのも大きかったです。

ご飯を炊いて、味噌汁を作れば、その他1品のおかずを作ると、割とまともな食事になります。

 

欲を言えば、電子レンジやポットなどがあればまだ良かったのですが、以前のことを考えれば、一気に豊かな生活に変わったような感じがしたものです。

実際に、食べる物の内容がガラリと変わりました。

 

朝9時過ぎに仕事から帰って、決まったように食べていた生の食パンと目玉焼1個の朝食が、トーストした食パンにマーガリンを塗って食べるようになり、牛乳、目玉焼2個とベーコンやハムを加えることができるようになったのです。

 

寝て起きた夕方頃には、インスタントラーメンやうどんのパターンだったのが、ご飯と味噌汁、それに肉か魚を焼いたりして食べるようになりました。

 

また、完食用に、スナック菓子や菓子パンなども買うことができるようになり、甘味に飢える状態ではなくなったのです。

 

こうして、きちんとした食事を採ることができるようになり、私は大きな喜びに満ちていたのです。

 

| - | 19:04 | comments(0) | - | pookmark |
米食のありがたさを感じる

出来れば鶏もも肉を買って、唐揚げにして食べたかったのですが、安いムネ肉を塩こしょうで味付けして蒸し焼きにして食べました。

唐揚げするほどの十分なサラダ油もなければ、小麦粉もなかったからです。

それでも、久しぶりに食べた鶏肉は大変美味しかったです。

 

また、深夜の休憩時間には弁当も食べることができるので、その事を考えただけでもワクワクしていました。

まだいくらかお金がある時には、持参した菓子パンとコーヒーを食べたりしていましたが、菓子パンを買うこともできなくなってからは、休憩時間になるとすぐに喫煙所に行ってたばこを吸いながらコーヒーを飲んでいました。

 

更に、たばこにも困窮してくると、喫煙所ではなく、建物の外に出てたばこを吸うようになっていたのです。

なぜかというと、拾った吸い殻しか持っていなかったので、他に人がいる喫煙所で短くなった吸いかけのたばこを取り出して火を付ける度胸がなかったので、人目を避けるようにしてたばこを吸っていたわけでした。

 

「食堂で弁当を食べて、喫煙所に行ってきれいなたばこを吸うことができるなんて、素晴らしいことなんだな!」

このように実感していました。

 

 

 

新しい職場で働き始めてから1ヶ月半以上が経過していましたが、特にその期間の後半は、食べる物の量的にも少なく、質的にも栄養面の事を考えると決して良いと言えるものではありませんでした。

その間食べた主な物は、インスタントラーメン、うどん、食パン、目玉焼きでした。

インスタントラーメンは袋に入っている安いもので、うどんもうどんスープの素で作ったつゆに麺だけ入れた素うどんです。

食パンはトースターがなかったので、生で食べいていまし、ジャムやマーガリンもありませんでした。

ろくに食べずに、一週間に6日の出勤で、毎日11時間働きましたので、身体的にはかなり疲弊していました。

 

給料が支給されることを心待ちにしていました。

「スナック菓子やみたらし団子を買って食べよう」

とか、

「牛肉とショウガを買って、生姜焼きにして食べよう」

などと、考えていました。

 

トースターや炊飯器も買いそろえておいた方が良いと痛感しました。

特に、炊飯器がないというのは、とても不便でしたし、不経済になると分かりました。

極端なことを言えば、炊飯器と米さえあれば、食事の屋台骨を支えることができるわけです。

それがないために、おむすびや弁当を買わないとご飯を食べるができなかったことは、出費を増やしてしまいました。

それと、ご飯を食事の中心として考えることができませんから、どうしても麺類やパン類に頼ってしまうので、栄養面でもあまり良くないと感じました。

 

ともかく、給料が振り込まれる日までなんとか凌ぐことができたのです。

 

| - | 19:19 | comments(0) | - | pookmark |
他人の吸い殻も気にならない
持ち金がなくなってしまった時、台所にあった全ての食料品は、食パンが二斤、インスタントラーメン5袋、卵10個、生うどん玉が2つ。
もちろん、十分ではないけれど、6日間なら、なんとか凌げそうにも思えました。
​1日あたり、ラーメン1杯、卵1個、食パン1枚ですから、飢え死にしてしまうことはないだろうと思いました。

​ですが、毎日11時間働いているのですから、当然、それらだけではお腹が空いてきました。
​以前なら、頻繁にポテトチップスやスナック菓子を買って食べていたのですが、しばらくの間お菓子など夢のまた夢という存在になっていました。
​お菓子を食べたいと熱望することもよくありました。
​甘い物もほとんど食べていませんでしたので、ようかんやあんまんなどの甘味を食べる夢も見たりしていました。

食べる物にも困っていましたが、それと同じくらい苦しかったのは、たばこを吸えないことだったのです。
​なので、仕事場の喫煙所に誰もいない時を見計らって、吸い殻の中から長めのものを持ち帰って吸ったりしていました。
​誰が吸っていたのかわからないから気持ちが悪いなどと気にする余裕もなかったのです。

​仕事場の食堂に、事前に注文しておけば350円で業者が届けてくれる弁当が置かれているのを見ました。
​お金がない私は、その弁当を注文していないので、私の分はありません。
​あまりにお腹が空いたので「誰も見ていない時に弁当を1つくすねてやろう」
​と、その弁当が積まれている台を見ていると、その横に、弁当を注文する用紙が置いてあるのが目に入ったのです。
​それを見て、「あっ!」と、思いました。

​「お金がなくても、その弁当を注文することができるんだった!」
​その弁当のお金は給料から天引きされるのですから、現金を所持していなくとも注文することができたのです。
​そんなことも気が付かないでいた私は、本当にどうかしていたのです。
その事に気づいた私は早速、弁当の注文用紙に記入しました。
​これで、明日の深夜分の弁当が手に入ることになり、大きな喜びを感じた私でした。

​更に翌朝、総務の人に給料の振込先を知らせて欲しいと言われていたので、部屋に帰った私は銀行の通帳を見て、口座番号を確認していました。
​その時に、残高が800円少々あることを気が付きました。
​それまで、預金をカードでしか下ろしていなかったので、千円単位でしか下ろしていなかったのです。
​でも、窓口に行ったら、千円未満のお金も下ろすことができるので、この800円も下ろすことができるわけです。
早速、銀行で800円、下ろしました。
​そのお金で、たばこと鶏の胸肉を買いました。
こうして、一気に食糧事情が豊かになり、サラのたばこも手に入れるできたのです。
| - | 15:13 | comments(0) | - | pookmark |
ひもじい

仕事に行き始めた最初の二日間は、朝から出勤しました。

私は夜勤としてだったのですが、仕事を教える人が夜勤の時間帯にはいないので、仕事内容を覚えるまでの研修中の間は朝から仕事に行ったのです。

仕事内容といっても、電子部品を機械で検査するもので、それ自体なんの難しいこともなく、その簡単なことをひたすら千回以上繰り返すという単純な作業でした。

 

3日目から研修中の腕章を外されて夜勤として働き始めました。

夜8時からの勤務で、定時なら翌朝の5時に帰れるのですが、実質的にほぼ毎日のように3時間の残業をするようになりますので、帰ることができるのは朝の9時近くになるのです。

 

その帰りにスーパーに寄って食べる物を買っていました。

朝10時頃に食パンと目玉焼を食べて、夕方にインスタントラーメンと惣菜コーナーで買った弁当を食べていました。

仕事の合間の休憩中には菓子パンを食べることもありました。

仕事場の食堂の自動販売機で缶コーヒーを買うこともしないで、無駄使いをしないように気を付けました。

パチンコを打っている時に、自動販売機で缶コーヒーをしばしば買って飲んでいましたが、その頃はそのためのお金のことを全く気にしてはおりませんでしたが、120円の缶コーヒーさえも買うことができなくなっている事実に、改めて落胆したものです。

 

アパートのトイレは共同で、トイレットペーパーの設置はされておらず、必要な時はトイレに持ち込まないといけませんでした。

なので、トイレットペーパーも買う必要がありました。

それ以前、トイレットペーパーは自分で買ったことがなく、トイレにいくのもタダのような感覚でいましたが、トイレでトイレットペーパーを使うのもお金がかかっていることを実感しました。

 

お店で売っているジュースやお茶などの飲み物を買わなくて済むように、お茶っ葉やインスタントラーメンコーヒーや砂糖を買って、仕事に出かける時にはペットボトルにお茶やコーヒーを入れて持参するようにしていました。

 

 

また、仕事場の食堂にの置してあるカップラーメンの自動販売機は高いので、安売りのカップラーメンを買い置きして、それを持参することもありました。

 

幸いなことに、アパートに共同使用の洗濯機がありましたので、それを使えばコインランドリーに行かなくても済むわけですが、洗剤は当然買わなくてはならないし、お風呂にしても、シャンプーや石けんも必要でした。

 

無駄使いをしていませんでしたが、それでも、次から次に、あれやこれやと絶対に必要な物を購入していると、給料日まで6日あるというのに、残りのお金がなくなってしまったのです。

 

| パチンコ | 17:59 | comments(0) | - | pookmark |
困窮する私

銀行口座にあったお金をすべて下ろしました。

 

5万円しかありません。

 

休みがちになっていた運送会社での夜間アルバイトも辞めることにしました。

 

その最後の給料がもらえるのも、一ヶ月くらい先のことですから、当面は5万円が全財産ということです。

 

そのお金はもうパチンコにも使えないし、飲み屋に使うこともできません。

 

アルバイトを辞めてからしばらくの間は、何もしないで家でゴロゴロしていましたが、暇なので仕事を探すことにしました。

 

パチンコでほぼ全財産を失ってしまった私は、賃金の高い仕事を探しました。

 

その結果、製造工場で電子部品の検査の仕事をすることにしました。

 

また、夜勤でした。

 

今度の仕事は、毎日のように残業が3時間ほどあるので、勤務時間がとても長いためにたくさん稼げるということでしたし、また、パチンコを辞めようとしていた私にとって長時間仕事をすることは好都合のように思ったのです。

 

毎日残業し、休日出勤も志願し、一生懸命仕事をすることでパチンコで失ったお金を取り返そうという意気込んでいました。

 

 

 

 

仕事場は遠くだったので、家から通うのは難しいので、アパートを借りることにしました。

 

家賃の安いアパートを探していたら、二万五千円の部屋を見つけることができましたが、そのアパートは外観がもの凄くボロボロで、トイレやお風呂も共同というものでした。エアコンも当然付いていませんでした。

 

お金がなかったので、当面は冷蔵庫やテレビなども買わず、新しい部屋に持ち込んだのは布団と衣類、それからいくらかの台所用品だけでした。余裕が出来てから少しずつ買いそろえれば良いと考えていたのです。

 

前払い分の家賃と3カ月分の敷金を払ったりしたので、前の職場から最後に支給された賃金はその為に消えてしまっていましたので、最初の給料日まで1ヶ月半あるというのに、3万5千円しか残っていませんでした。

 

この時、パチンコで一ヶ月に30万円以上負けたことを強く悔やみました。改めて惜しいことをしたと感じたのです。

「せめて、その1/10の3万円でも残っていれば、どんなに助かっただろうか・・」 2カ月で60万円近く負けている時には、金銭感覚が狂うというか、麻痺してしまっていたのです。

 

思えば、パチンコを始めた頃には、5千円負けただけでもショッキングだったのに、負け慣れてしまった頃には、パチンコでお金を失うことの痛みを余り感じなくなっていたように思います。

 

飛行機台やノーマルフィーバー機で留まっていたら良かったのですが、連チャンフィーバー機にはまり込んだのが失敗の始まりでした。そして、その負けを、ダイナマイトなどの非常に波の荒い台を打って取り返そうとしたことが、火に油を注ぐことになったわけです。

| パチンコ | 19:11 | comments(0) | - | pookmark |
狂い始める

月間で25万円以上パチンコで負けてしまったので、もはや余裕のあるパチンコを打つことができなくなっていました。

 

「25万円を取り返さないと!」という強い焦りが出て、それがために強力連チャンフィーバー機やダイナマイトといった権利物を打つようになっていました。

 

以前なら、「持ち玉で良く回るフィーバー機を粘り打つことで少しでも儲かれば良い」程度に考えていたのが、常に大勝を狙ってゆとりのないパチンコを打つようになっていたのです。

 

強力連チャンフィーバー機は当然に、お店も回り具合を悪く調整していました。

 

なので、負けてばかりだったのです。

 

また、ダイナマイトも非常に博打性の高い台でしたから、たまに10万円超えの大勝があるけれど、ほとんどが大負けというものでしたから、こちらでもトータルではかなり負けてしまいました。

 

とにかく、負けが次の負けを呼び込むという負の連鎖によって、酷くめちゃくちゃなパチンコだったのです。

 

そのようなことなので、前の月の25万円を取り返すどころか、次の月では32万円もの負けを喫していたのでした。

 

 

 

 

この頃、お酒をよく飲むようになっていました。

 

パチンコで負けた帰りに居酒屋に寄って飲み、たまに勝った日には居酒屋からスナックなどへ移動してはしごをして飲むようになっていたのです。

 

パチンコで負けて、飲み屋でもお金を使うようになったのだから、その分をいくらかでもアルバイトに精を出して頑張れば良かったのですが、そうではなく、仕事もよく休むようになりました。

 

なので、僅かにあった貯金も取り崩しながらやりくりしていましたが、間もなく、それも底をついてしまいました。

 

この時になって、やっと私はパチンコをやめようという気持ちになったのです。

 

 

 

| パチンコ | 15:11 | comments(0) | - | pookmark |
月間負け越し

運送会社で夜間アルバイトをするようになって1年が経過するまでは、そこそこ順調にパチンコで儲けながら楽しく打っていました。気が付けば、アルバイト賃金を一度も銀行から引き出したことがありませんでした。たくさん勝てていたわけではありませんでしたけど、1年間ずっと手持ちの金をパチンコで回しながらやりくり出来ていたことになるのです。相変わらず、収支というものを書き残していませんでしたから、おおよその感じですが、一ヶ月に2万〜3万円の範囲で勝っていたように思います。ガソリン代に五千円、お菓子代に五千円、外食費に一万五千円くらいしかお金を使わなかったので、それだけでも十分に賄えたのです。一応、12カ月連続月間勝ち越しでした。

 

僅かながらも勝ち続けていた私でしたが、苦しい展開を迎えることになります。(麻雀物語)(フィーバーパワフル)(フルーツパラダイス)(フィーバーフェスティバル)などを打って6連敗を喫してしまいました。なかなか当たらない、連チャンしないという展開が続きました。その間の合計負け額が22万円でした。連敗中、手持ちのお金が尽きたので初めて銀行からお金を引き出しましたし、たばこをパチンコで獲得出来ないので久しぶりに自動販売機でたばこを買いました。この6連敗が致命傷となって、月間で25万円パチンコで負けてしまったのです。それまで順調に来ていただけに受けたダメージは大きかったです。もちろん、「いつかは負ける時もくるだろう」と、覚悟じみたことを思ってもいましたが、月間勝ち越しを長く続けているうちに、やがてそのような憂慮の気持ちは小さくなり、代わりに油断の気持ちが起こっていたのだと思います。

 

月間負け越しとなってしまった理由を考えてみました。以前は(マーブルX)(ドリームW)(リバティ)などのノーマル機を中心に打っていました。これらの機種は穏やかな波の機種でした。私は少し前から(麻雀物語)(フィーバーパワフル)などの保留玉連チャン機を主に打つようになっていました。どのお店もノーマルフィーバー機を外して保留玉連チャン機を設置するようになりました。当然なのかもしれませんが、連チャンする時がある機種なので、お店はそのような機種の釘をいくらか厳しく調整するようになったように感じました。ノーマル機よりも回りが悪くなったのです。私はできれば波が安定しやすいノーマル機を打ちたかったのですが、設置台数も少なくなり、それに伴いお店側もノーマル機の回りを以前より遙かに厳しく調整するようになってしまい、連チャン機を打たざるを得ない状況になったということもありました。それだけではなく、私が連チャン機の連チャンに目が眩んでしまったことにもありました。目が眩んでしまった私は、知らず知らずのうちに回りの良くない台でもあまり気にせずに打ったり、ラッキータイム中以外でも現金投資で平気で打ってみたりするようになっていたのです。「長い連チャンをして一気に出ることもあるのだから」という考え方を抱いてしまい、パチンコに対する考えが甘くなり、打ち方も雑になっていたのです。

 

 

| パチンコ | 12:08 | comments(0) | - | pookmark |
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